ビーマニッキ(実質エリアトラウト

もう皆伝になれないおじさんがエリアフィッシングにハマる話

今日のビートマニア(100)

(※GOLD 選曲・リザルト画像は1月24日の日記を参考にしてください。)



8月後半から始めた、このオレのビートマニア奮闘記が漸く100までいきました。
『恐らくコレが1000になることは無いのだろう』と思うと100という達成感と同時に、少し悲しくなってきますね。記録ってのは中々シビアなものです。



言うほど仰々しいものではありませんが、今日までのビートマニア(俺にとっては弐寺ですが)100日の歴史において、大きく成長できたコトや些細なことを纏めてみたいと思います。




《8月》
この頃は丁度e-passを作った頃で、暫くぶりに本気で弐寺に取り組んでいこうと思ってた頃です。☆11という当時の俺にとっては異次元のような難易度の楽曲に挑戦していました。
2chのスレを読んでテクを身に付けたり、難易度サイトを見て挑む順番を参考にしていました。


そんなものだから当然☆11にハードは殆ど無く、☆11のANDROMEDAやBroadbanded、青龍やカゴノトリのような地力譜面は全く押せませんでした。☆12は最早未知の領域でチャレンジするのは百円の無駄というもの。
取り合えずAC弐寺の環境に慣れることと、家庭用でもちゃんと欠かさず練習をすることを目標に頑張っていました。この時点で☆7☆8はハードで全埋してありましたが、☆9や☆10は未プレイもかなり多かったです。
ちなみにCSは6thと8thのみでしたね。だからACをプレイするのが楽しくて楽しく堪らなくて毎日のようにゲーセンに通っていたのを覚えています。




《9月》
☆11の未クリアが少なくなっては来ましたが、ある一線を越えられませんでした。特にアンドロメダが全然出来なくて、でも☆12は一部手が出せるようにはなってきた、そしてランダムというオプションを多用し始めた頃です。
友達のレイヴン、現ヴォータンがCS REDを購入したのを真似てCS REDを購入して、穴AA不可能だろコレって愕然としました。


穴AAなんてBP200以上がデフォで、全く見えませんでした。
でも家庭用でアンドロメダの訓練は効果があったようで、ノマゲクリアはいけました。そして新たなる壁『堀・鳥リミ・ブロックス』が誕生しました。




《10月》
受験も忙しくなってきたけど、んなもんお構いなしDAコノヤローの頃でした。
この頃はオリジナルコースというものに初めて触れ、それによって友達の輪が広がった頃でもあります。
ポッチさん、ヤスボンさんとはこの頃知り合いになりました。スタンダードもいいけど、エキスパもいいなぁって思って、集中してスコア稼いでいました。それまではあまりスコアって気にしてなかったんだけどね。


スコアという概念も存在することに気付けたのは大きな収穫でした。




《11月》
ここでは何よりも今まで全く歯がたたなかったストイック[A]を初クリアしたことを強調せずにはいられません。飛び跳ねるくらい嬉しかったですね。☆12ってコト以上に『stoic』は7月の頃からの俺の目標曲で、絶対に倒したいって思ってた楽曲だったからさ。



あとは☆11埋めも行き詰ってきたもんだから、☆10埋めに移行し始じめたのもこの頃ですね。雪月花のノマゲは最後まで残りました。そして☆10埋めが完成して大いに気付かされたのは『行き詰ったら1個レベルを落とした楽曲を極めるくらいにプレイしてみるのも良い』ってことですね。
極めるってのは難しく感じるでしょうが、手広く考えて『難』『乱』でも概ね安定できるって程度のことです。フルコンやAAAっていう程むずかしいことでは無いということです。
それがあったからでしょう、ブロックス、トリリミ、ホリック、全部一応埋まりました。易ではありましたが、☆11フォルダにランプが点灯するというのはとても感慨深いものがありました。



かねてからの目標がまとめて達成できた月でした。
ですが・・・それによって目標を失い、モチベーションが下がった月でもありました。GOLDで自己ベストの引継ぎが無けりゃ辞めるとか言ってたくらいですから・・・今思うとバカらしいですが、当時は本気でした。




《12月》
なんとか下がったモチベーションを維持するのに必死だった頃です。
始めの頃は☆11や☆10くらいの曲でスコアをAAにしてたくらいでした。


まぁ試験が近づくにつれ、脱力感を備えた緊張感というか、矛盾してますがそんな感情で揺れ動いていたのだからまぁ仕方ない。雨降って地固まるではないですが、この頃の俺は少なくとも砂地獄の上に居るような精神状況。声には出さないものの、とにかく不安ではありましたね。
でもCSハピスカが出て、なんとか自分を保てました。今思えば、☆12のインザスカイは簡単でしたけど『☆12としては異常に簡単であるからこそ意味はあった』と思います。説明すれば『☆12でも安定して出来るんだという自信』ですね。



後半はスコア引継ぎが無くても仕方ないってのを念頭に置き、確実に引き継がれるだろう白ランプをつけようと『☆11ハード埋め』を開始しました。
するとどうだろう、ドンドンドンドン☆11が難で埋まっていくではないか。今までじゃどうしようもなく難しかったカゴノトリやガニメデ、13だって出来るのだ。んでなぜか『穴AA』まで出来てしまった・・・。しかしこれは嬉しかったなあ〜。
弐寺がまた凄く面白くなってきたんだけど、やっぱモチベは不安定でした。




《1月》
下がりに下がったモチベは更に受験という名の下に低下する。
もう前半はワケワカラン状態。弐寺もプレイはしたが、それは受験の重みによってかき消されていく。ただ暗い、暗い日々だった。


でも23日、試験は終わりそのリサーチもした次の日。


『いやぁ腕が軽い軽い。』


勿論ビートマニア音ゲー全般)は体力ゲーではあるけど、ビートマニアって精神も強く左右するゲームなんだなぁ』と実感した日でした。あんなにもどうしようもないと思っていた、チェキ、ラクエンに白が付いただけでなく、『ブロックス』までも白ランプになってしまったのだ。ブロックスはCSでも数えるくらいしかハード抜け出来てなかったのに・・・やっぱ体力以上に精神が関係あるのだなぁと。



今月がDDが最後に稼動していた本当の月となります。来月からはGOLDですから・・・。
俺はこのDDによって進化した、今までで一番思い入れのあるシリーズとなったことは間違いありません。『こんなもん出来るわけねーよ!』って曲がいくつも制覇できて、これは純粋な意味で『俺に進化をもたらしたシリーズ』と捉えて良いと思います。
ありがとうDD、オマエには強くさせてもらったよ。楽しませてもらったよ。もう直ぐやり収めになっちゃうけど、弐寺の真髄を見れたのはDDだった。



長い人生に人が本気で取り組むことって数える程しかないと思う。俺は弐寺っていう・・・ゲームだけど本気で取り組めたモノがあったコトに自信を持つことは出来る。・・・これは喜んでいいことだよね。




そして来月からGOLDとなるわけだが、この弐寺に対する滾る想いは徐々に失われていくかもしれない。
・・・でも・・・それでも・・・俺はBeatmaniaⅡDXと共に成長していこうじゃないか。






P.S.

CS:Beyond The Earth が名曲過ぎて泣いた。ぜひACに下さい。